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スーパーホテル−郷土民芸「ちきりや」−素人料理「山女や」−縄手通り−ホテル花月ティルーム |
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| 塩尻近郊にある巨人伝説の山、高ボッチ、鉢伏山をのんびり歩いた午後、僕はいつも通り松本アルプスを目指して、大好きな松本の街に車を走らせた。 つい2週間ほど前に松本をぶらぶら歩いた時に確認しておいた新規オープンの「スーパーホテル」という何とも勇ましい名前のビジネスホテルに、『街で「ウェルカム松本」の奥さんと鉢合わせしたら、浮気をしたなと怒られそうだな』などと心配しながら予約を入れる。 一泊朝食付きでシングル4800円という格安のこのホテルの登場は僕のような万年金欠病の状態で街をうろつく山男にとってはありがたい限りである。 |
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駐車場に車を止め、宿泊代プラス駐車場代の5800円を受付の綺麗なお姉さんに支払って、チェックインする。 少し狭いが、さすがにオープン2日目だけあって、室内は清潔そのものだ。 今回は、2週間前にお盆休みで店が閉まっていたために、登頂を断念した松本居酒屋アルプスの主峰、串焼きの「山女や」に登り、余力があれば炉端焼きの「富士亭」か富山湾の旨い魚を食わせる「来っ来知っ来」辺りまで縦走するつもりである。 小粒ながら、いずれも松本を代表する名店であり、さながら松本アルプス主稜と言ったところだ。『余力』とはなんとも大げさだが、しかし「山女や」は僕にとってそれほど手強い山(居酒屋)なのである。 信州地鶏を使った焼き鳥、富山の魚、滅多にメニューに載らない幻のやまめの塩焼き。そして何より信州の銘酒「信濃錦」の口当たりの良さが、まるで北アルプスの山頂から絶景を目にした登山者のように、訪れた僕を惹き付けて何時までも腰を上げることが出来なくなるのである。 |
| 現にまだ若かった20代の頃、厳冬期の3座縦走を狙って、初めてこの「山女や」に挑んだ僕は、信濃錦の冷やと、他の店の数倍は濃い酎ハイの餌食となって足を滑らせ、2座目はおろか宿に辿り着くことさえも出来ずに、女鳥羽川を越えて迷走した挙句、松本裏町アルプスに迷い込んでビバークを余儀なくされた経験があるのだ。 |
| 歳を重ね、それなりに各地で居酒屋山脈の縦走を経験し、経験(酒量)も積んでいるとはいえ、僕にとって「山女や」は、いまだに松本アルプスにおける盟主槍ヶ岳的な存在なのである。それならば、この山を一座目に目指さずに、後回しにすればよいではないかという声も聞えてきそうだがそうもいかないのだ。 人気と実力を兼ね備えたこの山は、山開き(開店)の午後5時と同時にさほど広くない山頂(店内)に登山者が押し寄せるため、前以て登頂許可(予約)の電話を入れておかないと、登るのはおろか山に取りつく事さえ出来ない。 しかも、ここのオヤジさんは客を待たせるという事をまったくしない上に、最初に予約客で山頂が満員になれば、ひとりで全ての焼き物をさばくさ忙しさのあまり、その後席が空いても「すいませんが満席です」と登頂を拒否する可能性さえあるのだ。 にこにこと笑みを絶やさず、人の良さが前面に出まくっているオヤジさんであるがなかなかどうして一癖も二癖もある。 |
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Tシャツと短パンに履き替え、宿のベットに寝転びながら携帯電話で店に電話を入れる。仕事関係の電話番号はほとんど登録していないくせに、信州の飲み屋の電話番号だけは溢れるほど登録されているこの携帯電話は僕にとって山行の必需品である。 すぐにオヤジさんが出て、お気に入りのバンド(カウンター)の一番端の席が取れた。席を指定したせいか、珍しく取りつきは開店1時間後の午後6時からとなった。時計を見るとまだ午後の4時だ。2時間ある。「山女や」に取り付く前に、松本の街をぶらつくことにした。 ホテルを出て、上高地方面への分岐を左に見て松本駅前尾根を右折し、ここ数年の区画整理で整備され、やたらと広くなってしまった、かつての痩せ尾根伊勢町尾根を南に進む。道の脇には沢(人口の小川)が流れている。 すぐ右に小さなペットショップがあり、店の前にゴールデンレトリバーの赤ちゃんが檻に入れられていた。 |
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犬が大好きな僕は、それこそ尻尾を振って檻の前に座ってしまう。 つぶらな瞳をした子犬は、「どうしておまえはそんなに人間を信じるのだ」と問い掛けたくなるほど嬉しそうな顔をして、檻の格子に自分の鼻を押しつける。 格子越しにちょっかいを出していたら、店の女主人がホウキとチリトリを手に持って店から出てきて「可愛いでしょう?」と話し掛けてきた。 「ほんとに可愛いですね」 犬に手を出すなと怒られるのかと思った僕は、少しほっとして女主人を見上げながら言った。 「でもレトリバーはすぐに大きくなっちゃうのよ」 「これだけ可愛いと愛着が湧いちゃって手放すのが辛くなりませんか?」 女主人は少しだけ考えてから 「犬よりも買いに来たお客さんに目が行っちゃうわ。 商売していると、買いに来たお客さんがどんな人なのかだいたいわかっちゃうから・・・」と言った。 「良いお客さんばかりじゃない?」 「ペットショップに買いに来るんだから、みんな動物は好きよ。 でも可愛がり方にもいろいろあるでしょ。犬も家族の一員だと考えていないような人にもらわれて行く時はほんとに辛いわ」 「あなたには売らない!ってわけにはいかないですもんねぇ」 「ほんとはそのくらいしても良いかもしれないのかもしれないけど、なかなかね」 「難しいですね」 「人間がね」 深いことをいう人だと思いながら僕は立ち上がり、この子犬が無事、家族として迎えてくれる主人にめぐり合う事を祈ってその場を立ち去った。 |
| 新しく出来た山形牛を使う大きな焼肉屋の前を、「なぜ信州牛じゃなくて山形牛なのだなど」とひとりで文句を言いながら通り過ぎて、道はパルコを右に見たまま稜線(商店街)に飛び出す。 左に折れて石井スポーツで大型ザックなどを眺め、珍しく何も買わずに店を出て松本城に向かう大名尾根と、六九の稜線(商店街)への分岐となるテラス(交差点)を右に巻いて縄手尾根に進む。かつて人通りも少なく、昼なお暗かった六九の稜線も、いまやアーケードが取り除かれてすっかり明るい尾根に変わっており、最奥にあった和紙専門店の「勇堂」などは、明るい太陽に照らされて、以前のしっとりとした店構えが見る影もない。 急速に進む松本アルプスの林道整備(区画整理)により、また1軒の隠れた名店がその面影を失った。 |
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午後5時前だが、夏の日は長く、まだまだ尾根を照らす太陽の光は強い。 松本の名物尾根である縄手尾根にはハイカー(観光客)も含め多くの人々が行き交っている。 それにしても縄手尾根には、「いったいこの店で品物を買っていく人がいるのだろうか?」と本気で心配したくなるような店が多い。 一文字4000円もする銅製の刻印を売る店。ふた昔も前のグループサウンズがタイムマシンに乗って買いに来そうな、金具付きの分厚いベルトが無数に吊るされた洋品店。テラスから取りついてすぐ右にある古道具屋の、「憲兵」の紋章がついた日本軍将校のコートなどは5年前から軒先に吊るされたままである。 しかし、商売の匂いがしないこの雰囲気こそが縄手尾根の良さなのであろう。 最近出来た、この場にまったく似つかわしくない、お洒落なオープンカフェを苦々しい顔で横目に見ながら「僕の懐古主義も何とかしなきゃいけないな」と僕はひとりで苦笑した。 |
| まだ、6時まで時間があるので縄手尾根から枝尾根に入り橋を渡り、女鳥羽(めとば)川を左岸に渡り、チンネ(細い道)を抜けて、別名、蔵通りと呼ばれる、なまこ壁の中町尾根を北上して、民芸品の「ちきりや」に行ってみることにした。 「ちきりや」は伝統工芸の布製品、陶器、ガラス製品の専門店で、観光ガイドにも必ずと言って良いほど載っている、松本ではかなり有名な店である。 なまこ壁の旧い建物のこれまた,古い入口のドアをチリンチリンと鈴の音に迎えられて中に入ると、せまい店内に所狭しと大小の陶器が並べられていて、そそっかしい僕は身体の一部を棚に引っ掛けて、何時、落石(陶器を床に落とす)しないかとヒヤヒヤしなければならない。まさに剣岳のカニの横バイ状態である。 |
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| 身の回りに神経を尖らせて、硬直した身体で店内の陶器に目をやるとどれも何処かで見覚えがある。それもそのはず松本の飲食店の多くが、当たり前のようにこの店の食器や小物を使っいるのだ。居酒屋に入り、煙草の灰を灰皿に落とす度に、この店を思い出すほどである。 暖簾をくぐって人ひとり通るのがやっとのガリー(狭い溝)を通って隣りの部屋に移ると、そこはガラス工芸と織物が雑然と置かれており、それらの価値がよくわからない僕などは、これなら僕の部屋の方がまだ整理されているなどと、失礼な事を考えてしまう。まるで蔵の中で宝捜しをしているようだ。 僕は店の奥の方から綺麗に染められた更紗(サラサ)をお土産に2枚ほど買って、またしても慎重にカニの横バイを通過して店の外に出た。 |
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そろそろ時間だ。 そのまま来た道をピストンしてもつまらないので、中町尾根をそのまま抜けて左に曲がり、裏尾根を通って、再び女鳥羽川の右岸に渡り、縄手尾根の外れにある「セイフー」という松本には珍しい24時間営業のスーパーでデジカメ用の乾電池を買ってから、「山女や」に向かった。 古い医院の横を抜け、上土尾根から小さなコル(公園)を通って、待望の「山女や」の前に立つ。 店に暖簾が下がっているのを見るのは実に久しぶりだ。 入口で一枚写真を撮り、ワクワクしながら引き戸を開ける。途端に懐かしい景色が飛び込んできた。厨房を囲む狭いバンド(カウンター)。小さな畳の間。そのどれもがすでに登山者(客)でいっぱいだ。 バンドのドン詰まり、一番端の壁際の席がぽつりとひとつ空いている。予約した席だ。 |
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厨房でオヤジさんが目まぐるしく動き回って串焼きのネタを焼いている。 席に着き、取りあえず生ビールを注文して、お通しのキンピラを摘みながらいそいそとメニューを手にする。 この店は、なにしろオヤジさんがひとりで全ての登山者(客)を相手にしているため、注文は全て、専用の注文書で行うことになっている。メニューの書かれた注文書に数量を書いてカウンターの上に置くのだ。メニューにないようなその日のお勧め品などは自分で書き込むことになる。 僕は、久しぶりに味わうこの店の雰囲気にすっかり嬉しくなり、先の丸くなった鉛筆で、いそいそと注文書に本数を書き込んでいった。 |
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生ビールをお代わりする頃、最初に頼んだレバーとナンコツが2本づつ出てきた。 まずレバーからいただく。軽く七味唐辛子を振って頬張ったレバーは正真正銘の地鶏のレバーであり、焼き鳥と言いながら実は豚の内臓を食わせる最近の店とはさすがに違う。 噛むたびに、口の中に地鶏独特の風味と苦味が広がり、何とも言えずに美味い。 4本頼めばよかったなどと後悔しながら、あっという間に平らげてしまった。 ナンコツは骨の部分に程よく火が通り、口の中でポリポリと小気味良い音を立てて砕けて行く。 信じられないほど柔らかい肉だが、実はそれには秘密がある。 |
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オヤジさんの焼き加減が絶妙なのは当然だが、焼きの行程をカウンターから注意深く見ていると、焼きの途中でネタに、容器に入った液体をふんだんに振り掛けている。これこそ「山女や」の串焼きの軟らかさの秘密なのだ。 容器に入った液体は信濃錦の吟醸酒なのである。 火に炙られ、油を落とし始めた肉は、絶妙のタイミングで振り掛けられた吟醸酒をほどよく吸収し、肉の旨味と柔らかさを増していくのだ。 |
| 2杯目の生ビールを気持ちよく流し込んで「さて行くか」などと訳のわからない気合いを入れていよいよ信濃錦の冷やに手を出した。 すぐ横の壁に信濃錦の特別純米酒の新しいメニューを見つけた。うたい文句のい「復活した幻の酒」とある。『幻』という言葉に異様なほど弱い僕は、一も二もなくこの酒を注文してしまう。 信州で一番と僕が勝手に決めている信濃錦の杓(しゃく)が一合900円なのに対してこの大吟醸は500円とずいぶん割安だ。 ちなみに二番は立山の銀盤、三番は飛騨高山の久寿玉だと僕は思っている。 |
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| コップになみなみと注がれた淡い琥珀色の信濃錦は口当たりが良くクイクイと入ってしまう。 せっかちな僕はビールでも日本酒でもチビチビと口にする事が出来ず、ついつい早いピッチで杯を空けてしまうのだ。 「こりゃあ、いっちゃうなあ」 思わず独り言を呟いたら、隣りに座っていた夫婦連れの旦那さんが、「そうでしょう」と言って、悪戯っぽい目をして僕を見た。 今度は椎茸とうずらのベーコン巻きを頼んでみた。僕はうずらのゆで卵が大好物なのだ。 目の前でネタを焼くオヤジさんの手が忙しく動き続けている。「店の主人に酒を勧めると勘定を間違える可能性があります」という注意書きが笑わせる。 コリコリと歯応え抜群の椎茸を頬張りながら、クイクイと酒が進む。 |
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隣りの席で、さっきの旦那さんが、注文書にせっせと書き込んでいる奥さんの顔を見て、「おまえ、まだ食うのか!?」と呆れている。 我慢できなくなって、というより最初から我慢する気もなく、とうとう僕は信濃錦の杓に手を出した。 「こりゃあ、第2座はあきらめるしかないなあ」 僕はあっさり縦走を断念して、注文書のねぎまと活タコのあぶり焼きの欄に、鉛筆でいそいそと’2’と書き込んだ。 |

| けっきょく生ビールと日本酒をたらふく飲み、熱々の焼き鳥をたらふく食べて、2時間程で僕は「山女や」の山頂を後にした。 尾根に戻り、山を下りるたびに丸さを増していく腹を擦ってひとつ大きく溜息をつく。 まだまだ残暑の厳しい9月初旬とはいえ、陽の暮れた松本に吹く風はひんやりと冷たい。心地よく酔った身体には気持ちのよい風だ。 店の前の小さなコル(公園)の沢の横に腰を掛けて、虫の声を聴きながらタバコを1本吸った。酒はもう満腹してしまったので、のんびりと夜の松本を歩いてみる事にした。 あくびをしながら上土尾根を歩き、松本アルプスの「三国境」のような基点となっている縄手尾根のクーロワール(回廊)に再び舞い戻って、スナック「のら」の横から縄手横丁ルンゼ(急峻ンな溝)に身体を滑りこませた。暗く、そして何処か郷愁を誘うこのルンゼを、僕は「明智小五郎通り」と勝手に名付けて、夜の松本を訪れる度に歩いているのだ。 |

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ルンゼに入り込んですぐ左に、焼肉の「明月館」のレトロなネオンがぼんやりと闇を照らし、巨大な換気扇の回る音がルンゼの中に低く鳴り響く。 「うわっ!!」 ネオンの写真を取ろうとしてカメラを構えたまま後ろに下がった途端、アスファルトの隙間に踵を引っ掛けて、あやうくルンゼ右横に流れる浅い沢に転落しそうになった。 「あぶね〜〜っ」 「山女や」で飲んだ杓が今ごろ効いてきたようだ。足元に力が入らない。パーティならばビレィ(確保)が必要な状態かもしれないが、あいにく今日はソロだ。アンザイレンでこの急峻なルンゼを越えるしかない。沢から離れ、ルンゼの左端を慎重に歩く。 |
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「明月館」のすぐ隣りに、自家製コロッケが美味しい居酒屋「五右衛門」がある。 ひっそりと、しかし何処か存在感のあるこの山は、居酒屋アルプスの中では、安曇野の有明山のような存在だ。 まっすぐ進み、今度は右に小さく沢を渡って、昼は洋食、そして夜は小洒落た酒の店になる「橋倉」が現れる。窓からそっと中を覗くと、けっこうな数の客がカウンターに座ってワインなどを飲んでいる。繁盛しているようだ。 麗美でそれでいて派手でないその店構えと訪れる客層から言って、さながら松本アルプスの燕岳といったところか。 「橋倉」は、昼はパスタとカレーがメインのランチとなるが、正直いってパスタはあまりお勧め出来ない。 人それぞれ好みもあるだろうが、茹で上げた麺が僕にはアルデンテ過ぎて、口に合わなかった。食べるならカレーの方が良い。 |
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「橋倉」のすぐ奥にある山小屋風の店、多国籍料理の「チベット」は、「橋倉」の影に隠れて北燕岳のような存在だが、一品一品が洒落ていて隠れたファンが多い。 店が暗いのでどうしたのかと思ったら、ドアに張り紙があり「しばらく休業する」とある。 このまま消えてしまわないか心配だ。 「チベット」の先でルンゼは直角に右に曲がる。正面に小さな印刷会社があり、夜遅くまで輪転機が回る音がルンゼの中に響いている。 更に狭く、そして暗くなった縄手横丁ルンゼは僅かな距離で今度は直角に左に折れ、10数メートルの距離で、いったん林(枝道)に飛び出す。 |

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林道の右上に昭和10年創業のアイスキャンディの店「スギヤ」の可愛らしい看板を望む。 林道を横切り、最近「外濠小路」と名を改めたルンゼに再び入り込む。 ルンゼ右脇に歩行者用の小さな常夜灯が、オレンジ色の淡い光を放っている。 右にバットレス(塀)を仰ぎながらしばらく行くと沢の音が大きくなり、やがてルンゼは松本の老舗「ホテル花月」の裏庭に沿うようになり、正面の、小さいが急峻な鉄製の階段を上がれば、花月の駐車場に出て、この魅惑的なルンゼの探検は終わりを告げる。 振り返ると目の前に薄暗闇にぼんやりと聳える「ホテル花月」の白い峰がすごい迫力だ。 |

| 酔い覚ましに花月1階のティルームで冷たい物を飲んでいくことにした。 古い木製のドアを開けると、店内はシックな松本民芸家具でまとめられており、落ち着いた雰囲気が漂っている。 案内された席に座り、先ほど「ちきりや」で見かけたのと同じ灰皿を手繰り寄せてタバコに火を着ける。ポケットに無造作に突っ込んだタバコは、何時もながらクシャクシャだ。 斜め右の席に外国人の老夫婦が座り、静かにコーヒーを飲んでいる。その光景が落ち着いた店の雰囲気にとてもマッチしていて、僕は美味い酒のせいで火照ったオデコにオシボリを当てたまま、しばらく見惚れていた。 老夫婦の周りだけ、時間が緩やかに流れているようだった。 |
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| ティルームの外で子供の歓声が上がり、窓から外を覗いて見ると 道路の隅で子供達が家庭用の花火に火をつけてはしゃいでいた。 勢い良く吹き出し、やがて金属的な青色からオレンジに変わった花火は 火の粉になってアスファルトの上にそそがれ そして消えた。 僕はテーブルに置かれたコーラをストローで飲みながら ぼんやりとそれを眺め そしてこんな事を考えていた。 「帰ったらやることがいっぱいだなあ・・・」 ノスタルジックな夜の中で 僕の周りだけ時間が早く過ぎているような気がした。 |
