大菩薩嶺



ロッジ長兵衛→福ちゃん荘→大菩薩峠→雷岩→大菩薩嶺→唐松尾根→福ちゃん荘
(約4時間)




中里介山の「大菩薩峠」を読んだのは、原因不明の高熱が2週間続いた挙句、急性肝炎を併発して入院したベットの上だった。大学1年。18歳の夏のことだ。
なんとか大学に滑り込み、本来ならば思いきり羽根を伸ばして青春を謳歌しているはずのこの時期を、僕はほとんどベットの上で過ごしていた。

大学に入学してすぐ、額の左端に突然出来た黒く大きなシミを、別の病気で訪れた病院で医者に何気なく診せたところ、皮膚癌の可能性があると宣告され、けっきょくそのまま入院して切除することになった。皮膚癌を切除する場合、患部の皮膚だけ取り除いても、皮下組織に癌細胞があれば再発の可能性があるため、皮膚といっしょに肉まで切り取る必要がある。
したがって僕の額の左コメカミの上は、まるでスプーンですくいとった後のジェラードのように直径5センチほどに丸くへこんでしまい、切り取った跡には自分の尻の皮が貼り付けられた。
1ヶ月ほどで退院はしたが、カットした部分に再び肉が付き、へこみがなんとか目立たなくなるなるまでに3年ほど掛かった。

急性肝炎で入院したのは、その入院から家に戻ってわずか1ヶ月後のことだ。




「大菩薩峠」は中里介山をこの世に知らしめた、20巻からなる未完の大長編である。
20巻まで書きながら介山は59歳で没してしまったのだ。

恐ろしいほどの数の登場人物と、そしてまるで蜘蛛の巣のように絡み合うそれぞれの人生、そして生と死の物語は、割れることのない風船のように広がり続け、よほどの記憶力と根気がなければ読み切ることは難しい。
僕にしたところで、検査と点滴以外、何もする事のないベットの上だからこそ最後まで読み通せただけの話であり、普通の日常を送っていたならば、間違いなく途中で頓挫していたに違いない。

なにしろ、そこまで読んで、しかも未完なのだから・・・。

「大菩薩峠」を新聞小説として連載する傍ら、介山は東京の高尾山麓に庵を構え、ゆるやかに流れる時を過ごしたと言われている。今の高尾自然研究6号路の中腹、高尾保養院の辺りだ。主人公の剣豪、机竜之介が長野の白骨温泉に身を寄せる「白骨の巻」の中に、当時の高尾山周辺の様子が克明に描かれている。
その後、高尾山のケーブルカー建設のために転居を余儀なくされた介山は、奥多摩の地に居を移す。今の「むかし道」の辺りだろうか。
しかし、そこでも新青梅街道の建設という憂き目に合い、介山はけっきょく故郷に帰って行くことになる。

こうしてみると中里介山ゆかりの地を、僕は知らないうちにずいぶん歩いているようだ。

僕が大菩薩嶺を歩いたのは、もうかれこれ10数年も前の事。

そろそろ山が紅く染まり始めた10月の始め、僕は久しぶりに大菩薩峠をのんびりと歩いてみることにした。



相模湖から甲州街道をマイカーで走り、やがて大月の町を過ぎて長い長い笹子トンネルを抜け、甲斐大和駅の手前で日川渓谷方面への分岐を右に入る。

峠に向かう道は右に左に大きくカーブを繰り返し、点在するひなびた温泉宿を道の脇に見ながら、じょじょに高度を上げていく。分岐から30分ほど走り、そろそろ峠道の運転に飽き始めた頃、大菩薩峠の麓に立つ「ロッジ長兵衛」手前の駐車場に辿り着いた。






「ロッジ長兵衛」は
山小屋というよりも
瀟洒なペンションといった佇まいで
宿の前に広がるベランダでは
すでに多くの登山者達が
出発の準備を整えていた。

中に10名を越す中高年の団体がいて
すでに準備を終わらせて
賑やかに会話を交わしながら
各々が屈伸運動などを始めていた。

この塊(かたまり)の後ろを
歩く事になってはたまらないと思った僕は
山シャツの胸ポケットから出した煙草を
口に咥えることなく再びしまうと
ロッジの前を素通りして
山道に足を踏み入れた。





「ロッジ長兵衛」から
次の山小屋「福ちゃん荘」までは
舗装された細い林道が通っていて
そこを登山客を乗せたタクシーが
盛んに行き来している。

福ちゃん荘までは歩いて15分。
車を使うほどの距離ではない。




林道の脇を沿うように続く、緩やかな山道を歩けば
日々の自堕落な生活の中で、すっかり硬くなった心と身体が
少しづつ解きほぐされていくのがわかり気持ち良い。

草の匂いを嗅ぎながら「福ちゃん荘」の裏手に出た頃には
僅かではあるが、すでに額にうっすらと汗が浮き出していた。








福ちゃん荘の前では
ここまでマイクロバスで上がって来たらしい
先ほどよりも更に多い人数の団体が
リーダーの掛け声に合わせて
そろって準備運動をしている。

山荘入り口に
「取れたてのキノコ汁300円」の
張り紙を見て
思わず食指が動いたが
お楽しみは下山後にして
僕は団体の横を擦り抜け
そのまま富士見平を経て
大菩薩峠に続く道を目指した。




福ちゃん荘から大菩薩峠までの道は
山道というより未舗装の林道と言った方が当てはまるほど広く開けており
途中、富士見山荘で
大菩薩嶺の稜線に直登する富士見新道を左に見て
緩やかに登って行く。

空は明るいが薄く雲が広がっており遠望は効かない。

大菩薩を歩く時の楽しみのひとつに富士山の展望があるのだが
今日はそれも期待できそうもなさそうだ。

しかし、秋の日差しは思いの他暖かく
そしてやさしくそよぐ風はひんやりと冷たくて
僕は鼻歌を歌いながら長閑な峠道を
のんびりと歩いていった。






しばらく歩くと峠道の右の丘に
「勝縁荘」という名の古い山小屋が現れる。

小屋の前に
苔むした古い石碑がポツポツと佇み
すでに営業をあきらめたのか
小屋の窓も全て外されて
廃屋のようにひっそりとしている。

苔に覆われた小さな丘に駆け上がり
開け放たれた入口から中を覗くと
すでに畳も全て取り除かれていて
人の気配はまったくない。

玄関を入った正面に
小屋の屋号を書いた立派な額が掛かっており
そこに介山の名がある。

直筆の書なのだろうが
それさえも今は薄く汚れて物悲しい。



勝縁荘の中を探検気分で興味深く覗き込んでいるうち、背後に視線を感じて振り返ると、山小屋から少しだけ離れたところに軽トラックが止まっており、その横でパイプ椅子に座ったお婆さんが、じっと僕の様子を見ていた。
なんだかバツが悪くなり、玄関から外に出て道に戻りながら軽トラックを何気なく見ると、荷台に沢山のブドウが積まれていた。近づいて覗き込んでみると、実に色々な種類のブドウがひと房づつパックに詰まって荷台いっぱいに積まれていた。

「ひとつ摘んでいきな」
パイプ椅子から腰を上げて僕に近づきながらお婆さんが言った。

「ブドウってこんなに種類があるんだねー」

「これが××、これが○○・・・」
お婆さんがひとつひとつを指差しながら僕に説明してくれるが、相変わらず名前音痴の僕は、聞く端からその名前が頭の中を素通りしてそのまま何処かにいってしまい、記憶に留めることが出来ない。

「これが美味しいんだよ」
そう言いながらお婆さんは、イタリアのプロサッカーリーグの名前のような、藍色をした大粒のブドウをふた粒、僕の手の平に置いた。軽く皮を剥き、口の中で噛んでみると、途端に甘い汁が口の中いっぱいに広がった。ぷりぷりと歯応えがあって美味い。山のテッペンで食べたらなおのこと美味しそうだ。

「甘いでしょう?」
お婆さんが僕の顔を覗き込む。

「じゃあ、これをひと房ください」
お婆さんは満足そうに頷くと「出来るだけ大きいのがいいね」と言いながら僕が食べたのと同じ種類のブドウを、どれにしようかしばらく迷ってから一際大きなひと房を摘んでビニール袋に入れた後、オマケだと言って隣りのブドウも袋の中にそっと入れた。

「おばちゃん、いくら?」
「300円だよ」
「ずいぶん安いね」
「いいんだよ。どうせ粒が不揃いで卸せないものなんだから」

安値の理由を悪びれもせずはっきり言うお婆さんに苦笑しながら、僕はポケットの中の100円玉3枚と大粒のブドウひと房を交換した。




「勝縁荘」を過ぎると
道は傾斜を増し
林に囲まれた樹林帯となる。

しかし
それもごく僅かの距離で
そういえば何時の間にか
山で蝉の声を聞かなくなったなあ
などとぼんやり考えているうちに
峠道は再び広くなだらかになり
右の斜面が大きく開けて
一際展望が良くなった。




開けた斜面に向かうようにベンチがあり
僕はザックを下ろしてそこに腰を掛け
さっき買ったブドウを何粒か口に含んだ。

ブドウの甘い香りに誘われたのか一匹の蜂が僕に近づいてきた。

刺されてはたまらないが、蜂から逃げてベンチを立つのも癪だ。
僕はザックの中のブドウの房から一粒もぎり
それをベンチの端に置いて
自分はそことは反対側の端にそっと移動した。

蜂はしばらく羽音を立てていたが
やがて僕の思惑通りに
ベンチに置かれたブドウに止まった。

注意深くその動きを見ていた僕だったが
蜂はその味がお気に召さなかったのか
しばらくすると再び羽音を立てて
何処かに行ってしまった。

僕は満足して立ち上がると
ザックを背負いなおして
再び広い峠道をのんびりと先に進んだ。








やがて峠道は大きく左にカーブを切り
少しだけ急な登りを頑張ると
突然目の前に大きく展望が開いた。

そこが大菩薩峠だった。

峠道の両側に
土産物を並べた長屋のような山荘があり
その向こうの高まりに
「大菩薩峠」の大きな道標が
天に向かって立っていた。









道標の向こうに
大菩薩嶺に続く稜線が
草食竜の背のように
なだらかなカーブを描いて続いている。

まるで安藤広重の風景画のような景色である。

峠には多くの登山者が腰を下ろして
思い思いにそれぞれの風景を楽しんでおり
僕はその人ごみを避けたくて
峠をそのまま下り
賽の河原と呼ばれる広い平地に腰を下ろした。







紅葉は、盛りには一歩手前という感じだが、それでも山頂付近は紅と黄色のコントラストが一際綺麗に輝いている。
大きく平たい岩の上で足を投げ出し、魚肉ソーセージなどを頬張りながら、見事に色づき始めた大菩薩嶺の山頂辺りを眺めていたら、高級そうな一眼レフカメラをごつい三脚にセットして盛んに紅葉の写真を撮っていた中年夫婦が近づいてきた。

「いい山日和になりましたね」レンズがいっぱい詰まったベージュのベストを着た旦那さんが話し掛けてきた。

まったく不思議なくらい、僕は山歩きの途中で話し掛けられることが多い。

「涼しくて気持いいですね。でもだいぶ雲がでてきた」頭にオレンジ色のバンダナを巻いた奥さんが続けて言う。

「天気予報だと夜から降り始めるらしいですよ」僕は魚肉ソーセージを頬張ったまま、なんだかとても間抜けな顔でそう答えた。

「1時間くらい前から良い雲が湧いてくるのを待っているんですがこればっかりは天にお任せでまいります」
旦那さんが笑って言う。

やはり素敵な写真を撮るためには、そのくらいの根気が必要なのであろう。僕にはとうてい真似の出来ないことである。
夫婦はまたカメラを備えた場所に戻り、盛んにファインダーを覗き始めた。
僕はペットボトルのお茶を一口だけ飲み、お尻を叩いて立ち上がるとザックを背負って大菩薩嶺への稜線に向かって歩き始めた。
通り過ぎる時、一声「それじゃ!」と旦那さんに声を掛けた。
ファインダーを覗いたまま彼は手を上げ、「お気をつけて!今、いい雲が出てきたんですよ」と子供のような声で言った。

その声につられて空を見上げたが、はたしてどれがいい雲なのか、僕にはさっぱりわからなかった。












賽の河原から先
道は高度を上げながら露岩帯となり
左に広くススキの斜面が広がって
その遥か下に
上日川ダムに堰き止められた
人口湖の湖面が見えてくる。

振り返ると今越えてきた大菩薩峠が
思いのほか紅く染まっていて
思わず声を上げる。

右に中里介山の文学碑を見て
ゴツゴツした岩の道を登りきると
そこは神部岩と呼ばれるピークである。






富士山が見えないのは残念だが
ススキの群生と紅葉の
コントラストが素晴らしく
足を止めてそれを眺めながら
秋の風を頬に感じれば
つくづく来て良かったと思えるのだった。

ピークを越え
一度露岩帯を下りきった鞍部から
雷岩と呼ばれる
小さなピークを登る。





ちょうど雷雲の通過する位置にあることから名がついたというこの小さなピークにも
多くの登山者が岩の上に腰を下ろして握り飯などを頬張っており
秋の山とは思えないほどの賑やかさだ。

雷岩から左に下る急な道が付いている。

福ちゃん荘の手前に直接下りる唐松尾根だ。
帰りはこの尾根を下ることにして僕は雷岩を後にし
大菩薩主脈の最高峰である
大菩薩嶺に続く樹林帯に足を踏み入れた。




雷岩から大菩薩嶺まではわずかの距離だが
道は一転して樹林の中を登る登山道になり
これまでのような展望はない。

しかしこの付近の木々は
すでにすっかり色付いていて
その艶やかな道をゆっくりと歩けば
夏とは一味違った
新鮮な酸素に
包まれているような気持になってくる。






周囲を林に囲まれた
大菩薩嶺の山頂は
山のテッペンというよりは
展望の利かない小さな広場といった
趣きだった。

そこは
大菩薩峠や雷岩の賑わいが
嘘のようにひっそりとしていて
僕が辿り付いた時には
2組の登山客がお互いに離れて座り
のんびりと
水筒のお茶を飲んでいるだけだった。




僕はそこからさらに離れた小さな石の上に腰を下ろし
先客の真似をするようにザックからペットボトルを取り出して喉を潤した。

タバコを1本吸い、それから朝買ったブドウを何粒かつまんだ。

蝉の声はもちろんなく、鳥の声も聞こえない。
黙っていると山の息遣いだけが聞えてくるような静けさだった。

中里介山は高尾の山で、そして奥多摩の山で
あるいはこんな静けさを求めていたのかもしれない。

峠や賽の河原、そして雷岩で見た雄大で優しい景色は
確かに大菩薩を代表するものなのかもしれないが
実はこの林に囲まれた大菩薩嶺の静けさこそが
古(いにしえ)の大菩薩の姿なのかも知れない。


しばらくして4人連れの若い登山者達が
林の中から賑やかに上がってきた。
どの顔も健康的だ。


山頂の静寂は破られ

居場所のなくなった僕は

静かにザックを背負い

若者達の「こんにちは」という明るく快活な声に

笑顔で返事を返して山頂を後にした。



行く時と帰る時で

森の紅さが

変わっているような気がした。











2002年10月5日

手打ち蕎麦「砥草庵」に進む


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