修善寺駅→東海バス→達磨山高原キャンプ場→金冠山→戸田峠→小達磨山→達磨山 →古希山→船原峠→大曲茶屋→東海バス→修善寺温泉 (歩行4時間) |
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気温が下がり、大気が澄んで遠望が利く冬は、山の上から見る富士山が綺麗である。特に白波の立つ太平洋の上に浮かぶ純白の衣を纏った独立峰の流麗な頂きはこの上なく美しい。さらに寒い山を下りた後、温泉と旨い酒があれば言うこと無しだ。
この条件で山を探せば、ピタリと附合するのが伊豆の山である。富士山展望の地として有名な西伊豆、達磨山高原に派生する金冠山から達磨山の稜線は、常に富士山を駿河湾の向こうに浮かべた景色を望むことのできる第一級の山岳展望の山である。 |
| 最近、伊豆の山を歩く時の起点として すっかり馴染みになってしまった三島駅から 趣のある伊豆箱根鉄道線に乗り 終点の修善寺で 山靴の紐を締めなおす。 時計を見れば午前8時15分。 登山口のある達磨山高原キャンプ場に向かう 「戸田(へだ)行」のバスの始発は午前9時35分だ。 駅前で立ち食い蕎麦を食べ ついでに眠気覚ましの冷たいアイスコーヒーを タバコ片手に啜っても まだ余裕のある時間である。 駅前のバスターミナルで せわしなく行き来する他の登山客達の多くは 僕が年末に歩いた天城方面を目指しているようだ。 定刻に出発した「戸田行き」のバスの乗客は僅かに5人。 そのうちの4名が登山客である。 単独のおばちゃんがひとり、中年の夫婦、 そしてバスに乗った途端 ザックを抱えて例によって うつらうつらし始めた僕である。 右に左につづら折りの道を登るバスに30分ほど揺られ やがて登山口の「達磨山高原キャンプ場」に辿り着く。 バス停で降りたのは僕と夫婦連れの2組だった。 バスの中で一番前の席に陣取り 運転手にやたらと話しかけていた話好きの単独のおばちゃんは ひとつ先のバス停から別ルートで登るらしく シートから腰を上げなかった。 |
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バス停の目の前にある 達磨山高原レストハウスの 広い駐車場には 1台の車も止まっていなかった。 レストハウスの裏に展望台があり ここから見る富士山の展望は 伊豆三絶のひとつに 選ばれているほどの絶景である。 横山大観の描いた あまりにも有名な富士の絵は 実はこの地から描いたものなのだそうだ。 風は強いが空は蒼く澄んでいる。 展望台に立った僕は、評判通りの絶景を眺めながら ひとつ大きく深呼吸をしてみた。 |
| 展望台でのんびりしているうちに いっしょにバスを降りた夫婦連れは 早くも登山道に向かってしまったようだ。 レストハウス横のベンチでザックのストラップを締め直し 遅まきながら僕も登山道に足を踏み入れた。 駐車場の脇にある取り付き口から まずは金冠山へ向って足を進める。 達磨山は別名「万太郎岳」とも呼ばれており 天城連峰の「万ニ郎岳」「万三郎岳」と並び 天城三兄弟峰の一座となっている。 さながら伊豆の山の長男と言ったところだろうか。 中伊豆に位置する天城連峰の「万ニ郎岳」「万三郎岳」が 低山ながら冬は樹氷も纏う雪山になるのに比べて 西伊豆に属する金冠山はあくまでも長閑であり 大量の雪が積もる事は極めて稀である。 |
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登山道は まるで狭い1本の スキーゲレンデのように 芝生の緩斜面が 何処までも続いており 今度来る時は オモチャのソリでも持って来て テッペンから 滑り降りてみたくなるほどの 長閑さだ。 |
緩やかなピークを ひとつ越えて下りきり 戸田峠を経て 達磨山に向かう狭い林道を横切って 金冠山へ直登する急な山道に取り付く。 急と言っても距離はさほどなく また 振り帰れば 今歩いてきたばかりの なだらかな芝生の道が眼下に広がって あくまでも大らかである。 |
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上を見上げて歩くうち 金冠山の 山頂に立てられた アンテナが大きくなり やがて 頭上に青い空が広がって 広々とした 金冠山のテッペンに 辿り着いた。 |
| 辿り着いた金冠山の山頂の展望は 思わず息抜きを呑むほどの絶景だった。 山頂の真正面に南アルプスの白い稜線を従えた富士山が 真っ白な頂きを天に向かって突き上げている。 眼下には右に淡島を浮かべた駿河湾の海原が大きく広がり その向こうに 昨年の暮れに登った沼津アルプスの山並みが 沼津の町の中にまるで恐竜の背中のように連なっている。 金冠山のテッペンに対峙する富士山はあくまで大きいが 純白の衣を纏ったその山容は 緩やかに広がる蒼い裾野と相まって 麗美という言葉が似合う女性的な滑らかさを感じさせていた。 富士山の山頂に珍しい傘雲が掛かっていた。 レンズ雲の一種であるこの雲が富士山に掛かると その後、山の天気は下り坂になると昔から言われている。 しかし 滅多にお目に掛かれないであろう 完璧な形の傘を纏った富士山の女性的な美しさに 僕はしばらくザックを下ろす事さえ忘れて見惚れていた。 |

山頂では 先行していた夫婦連れと 先ほどバスを降りずに別ルートで登ってきた 単独のおばちゃんが すでに下山の準備に取りかかっていた。 テッペンにいるのは 結局 バスに乗っていた 僕を含めたこの4人だけである。 2組の登山者が去った後も 僕はこの素敵な展望を独り占めしていたくて しばらく冷たい風に吹かれながら のんびりとタバコを燻らせていた。 |
30分ほど 山頂の展望を満喫した僕は 来た道を戻り 先ほど横切った林道を左に折れて 戸田峠へと足を進めた。 20分ほど 急な舗装道路を下ると 道は西伊豆スカイラインの 戸田峠駐車場に辿り着く。 金冠山〜達磨山〜船原峠の縦走路は 伊豆山稜線歩道の北端に位置し 西伊豆スカイラインに 添うように続いているのである。 スカイラインの向こうにお椀を伏せたような 達磨山への尾根道が続いている。 駐車場には数台の車が止まっていて そのうちの何組かは トランクから山靴を出して 山に登る支度をしている。 ここから金冠山を往復するらしい。 僕はそれらの登山客の間を擦り抜け スカイラインの横にぽっかり浮かぶ 長い長い階段状の登山道に ウンザリした顔で取りついた。 |
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長い階段を やっとの事で登り切ると そこは達磨山に向かう 小さなピークのひとつ 小達磨山であり 道はようやく山道となって 南に続いている。 振り返ると 北に傘雲を少し崩した富士山が 大きく浮かんでいて その手前に今登ってきた 金冠山が 富士山に抱かれるように 小さく佇んでいた。 |
伊豆の山特有の アセビの茂るトンネルを抜け 右下に特徴のある 小土肥港と恋人岬を眺めながら 達磨山に達する最後の登りを頑張る。 登山道には雪が現れ その上をキュッキュッと 小気味良い音を立てながら詰めていく。 ![]() 雪は冷気のために 程良く締まっていて 軽アイゼンを装着する必要もない。 登り坂の途中で立ち止まり 額にウッスラかいた 汗を拭いながら来た道を振り返ると そこには 形を整え直した傘雲を 先ほどよりも深めに被った富士山が 蒼い空にスラリと裾野を広げており それはまるで 麦藁帽子を被った美少女が 夏の青空の下で 白いワンピースを 風になびかせているように 美しかった。 |
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達磨山の山頂は思ったよりも狭く 海から吹き上げる潮風の通り道になっていた。 山頂付近は一面笹原となっており 風に吹かれてザアザアと まるで打ち寄せる 波音のように山全体を鳴らしていた。 山頂には 例の夫婦が一組だけいて 道標の横にある大きな岩の陰で 風を避けながら 握り飯を食べていた。 僕はその夫婦に軽く会釈をし テッペンの写真を一枚だけ撮ると そこから少し下った笹原に腰を下ろした。 |
自分の頭の位置で笹原が風に鳴り まるで波の高い海岸に 腰を下ろしているような 錯覚に陥った。 ザックの紐を緩め 水筒のお茶を一口飲んで 握り飯を頬張った。 ひとつ食べただけで 何故だかお腹が いっぱいになった。 僕は残った握り飯をザックに再び放り込み 波の音の中で苦労して火をつけた タバコを ゆっくりと吸った。 |
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見上げる空に白い雲が湧き出した。 眼下にこれから進む峠道と なだらかな山並みが広がっている。 ここから先は 西伊豆スカイラインを縫うように進む 8キロ約2時間の峠歩きである。 道はたびたびスカイラインと合流し それに興醒めする登山者は 途中に現れる数カ所の駐車場で タクシーを呼ぶ者が多いようだ。 しかし 僕は峠の道が好きである。 たとえ、その道が何度も車道を横切り しかもその幾つかは 短調な車道歩きになったとしても 古(いにしえ)の歴史を刻む 道を歩くのが好きなのだ。 来た道を再び戻ったのか 何時の間にか山頂の夫婦が姿を消していた。 山は再び僕ひとりになった。 僕はもう一度山頂に駆け登り 自分の身体をぐるりと一回りさせて テッペンの景色を目に焼き付けた。 傘雲は何時の間にか形を崩し 富士山は7合目から上を雲の中に隠していた。 ザックを放り出した笹原に戻り 緩めてあった靴の紐を締めなおした。 ザックを背負いストラップをギュッと締める。 25リットルの小さなザックが背中に吸い付いた。 山を下りはじめる。 数歩下り、自分の右手を見て 笹原の中に ストックを投げ出したままである事を思いだし 慌てて坂道を駆け戻る。 海と富士山 ・・・ ふたつの目標はクリアした。 あとは温泉と美味しい酒だ。 「よ〜し、出発だあ」 僕は自分自身に掛け声を掛け 残りのふたつの目標に向かって 元気に峠道を駆け下りた。 |
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