![]()
焼津駅→坂本→林臾院→高草山→石脇→花沢の里→焼津駅 (5時間30分 但し山歩きは3時間30分) |
|
静岡旧東海道の散歩道である「蔦の細道」でweb友達のフクちゃんと思わぬ出会いを体験したその夜、僕は静岡駅のビジネスホテルに宿を取って美味しい酒と地元の魚に舌鼓を打った。ほろ酔い気分で宿に戻って翌日の好天をテレビで確認し、駿河の名山である大谷崩れから山伏への縦走を考えて朝の4時半に目覚ましをセットしてベットにもぐり込んだのだが、夜が明けてみればふかふかベットの誘惑にあっさり負けて何時もながらの朝寝坊である。予定時間を2時間もオーバーした朝の6時半になって、無理やり身体を引き剥がすように何とかベットから抜け出し、寝ぼけ眼のまま顔を洗う。タオルでガシガシと顔を拭い、ボサボサの髪の毛とついでにお尻を掻きながら再びベットに腰掛けてザックの中からガイドブックを取り出し、くわえ煙草で静岡のページをパラパラと捲った。
焼津の先に「花沢の里」という古い家並みをそのまま残した集落があるという。木曽路、飛騨高山といった、昔の風情をそのまま残す旧街道を歩くことが好きな僕は、魅力的な名前のその家並みをブラブラと歩くのもいいななどと思ったのだがいくらなんでもそれだけでは時間が余ってしまう。さらにガイドブックを捲るうち、下山口から「花沢の里」に道が続く「高草山」という低山を見つけた。山腹一面が茶畑の山で、焼津駅からバスを利用すれば15分程で登山口に着けるという。 暦を見れば今日は八十八夜。 お茶の香りを嗅ぎながらの里山歩きも楽しそうだ。 |
| 静岡駅から2駅ほど乗った焼津駅で東海道線を下り、登山口に向かうバスを探すのが面倒になって、駅からバスで15分程度の位置にあり山腹が茶畑の山というキーワードを元に、駅から見えるそれらしい山に目星をつけて適当に歩き始めた。北の方向に一目でそれとわかる山腹一面を茶畑の緑に染めた、どっしりとした山が見える。 「バスで15分ならば歩いても40分程度か」などと車の通りもまだ少ない車道を呑気に歩いた僕なのだが悲しいほどの方向音痴振りを発揮して、意思に反してあっちこっちに寄り道を繰り返し、なんとか高草山の登山口についた時には時計の針が午前9時半を回っていた。 本来バスで来た場合に下りるはずだった「坂口」のバス停を左に見て、斜め右に続く細い枝道に入る。八十八夜の今日、道路縁では摘みたての新茶の即売が行われており、手招きで呼ばれるままに試飲の新茶をふうふう言いながらいただく。普段飲んでいるものよりも遥かに深い緑色をしたそのお茶は、新緑の森の中にいるような渋くて甘いとても素敵な香りがした。 |
![]() |
民家の間を抜け 狭い登り坂をしばらく行くと 林臾院の境内に辿りつく。 ガイドブックによれば 林臾院には駐車場があり 車でアプローチする登山客は そこに車を止めて 歩き始める事が出来るようである。 途中、狭い道を何台も 車が上がっていき その度に道の隅に身体を寄せて やり過ごしていた僕は てっきりみんな 高草山に登るものだと思っていたのだが 案に反してそれらの車は 境内で開かれていた 骨董市を見物するための 客のものであり 境内奥に続く山道に取り付いたのは けっきょく僕ひとりだけだった。 |
春を迎え うるさいくらいに 生い茂り始めた 木々の中を 縫うように続く 急な階段を登る。 5月とは思えない まるで初夏のような陽気の中 すでにTシャツ一枚になっていた 僕なのだが 5分も登るうちに 額から汗が噴出してきた。 日差しは強く セミの声でも 聞こえてきそうな 陽気である。 |
![]() |
![]() |
階段が途切れると 今度は見晴らしのない つづら織りの道がしばらく続き 道標に従って 眼下に流れる 沢沿いに行く道と そのまま尾根をつたって 進む道に分岐する。 どちらの道を行っても 30分程で 再び合流することになるのだが 分岐点から少し沢側に下ったところに 独りの登山者が 立派な望遠レンズを装着した 一眼レフを構えて立っており さかんに首を傾げながら 何かにレンズを向けている。 その姿を見て 横を擦り抜けるのが面倒になった僕は 躊躇することもなく 尾根を行く道に歩を進めた。 |
見晴らしの利かない尾根道は 思いの他の急登で 僕はいとも簡単に顎を出した。 昨日の夜は 地元の肴の美味さも手伝って 少しばかり飲みすぎたかな などと しおらしく反省をしているうちに 一気に目の前が開けて 暗い林をつき抜けた。 茶畑を縫うように走る農道に飛び出す。 見上げても見下ろしても 辺り一面緑一色の茶畑で 駅から見上げた山腹のど真ん中に 自分が立っている事がわかる。 僕は農道の路肩に腰を下ろし アスファルトの上に足を投げ出して 水筒からコップに注いだ冷たいお茶を グビリと飲んで一息ついた。 目の前に 焼津の町と駿河湾が大きく広がっていて 心の中が開放感でいっぱいになる。 海に張り出した岬は御前崎だろうか。 |
![]() ![]() |
![]() |
この後 山道は茶畑の中に続いており 何度か農道を横切って 高度を上げて行く。 ふたつ目の茶畑の中に 足を踏み入れてしばらくすると 何時の間にか 登山道を外れてしまい よくもこんな斜面で お茶の収穫が出来るものだと 感心したくなるよな急坂を お茶の葉を痛めないように 気を使いながら 無理やり登って行った。 緑の斜面は 見事としか言いようのないほどの 一糸乱れぬ正確なカーブを描いて 綺麗に刈られており 山全体がひとつの芸術作品のようだ。 |
![]() |
そんな贅沢な道を何度か越え そして 何度か農道を横切るうちに 登山道は茶畑を越えて 山頂へ直登する 階段状の道へと変化する。 道は 放置されて すっかり背丈を伸ばした お茶の木に トンネルのように囲まれいて 山頂直下の小さな林の中に 一直線に続いている。 |
![]() |
| 額の汗を拭きながら 周りに誰もいないのを良い事に 「もうひとつおまけにエ〜ンヤコ〜ラ〜」などと 三輪明弘の真似を大げさにしながら ストックを振りまわして頑張っているうちに 歩きづらい階段は終わりを告げ 今日の下山路となる石脇集落への分岐と さらにその先の満観峰への分岐を左にやり過ごして ようやく高草山の山頂に辿り着いた。 ガイドブックによれば この時期山頂付近は キスミレの群生に覆われて 事のほか綺麗だということだったのだが それらしい花は辺りに見当たらなかった。 そういえば最後の登りの道端に 黄色い4枚の花をつけた 背の低い野草がかたまって咲いていたのだが はたしてそれがキスミレなのかは 花音痴の僕にはわからない。 |
![]() |
思ったよりも狭い山頂には 高草権現が祭られており ちょうどこの日に祭事があるらしく 地元の衆が繰り出していて 祠の周りに紅白の幕を貼り 紙コップや日本酒などを せっせと並べて 忙しそうに準備を進めていた。 およそ 山のテッペンに似つかわしくない その光景に すっかり興醒めしてしまった僕は 山頂で一枚だけ写真を撮ると 山頂よりも一段低い場所に 木製のベンチを見つけて そそくさとそこに退散した。 |
| ベンチの周りは木々に囲まれていたが 腰を下ろした正面だけが綺麗に開けていて 眼下には広く太平洋が広がり そこに伊豆半島が海竜の背のように横たわっていて そしてその左には綺麗な形に残雪の冠を被った富士山が 墨絵のように浮かんでいた。 |
| ベンチに腰掛けズボンのポケットからお茶の葉を取り出した。 実はどうしてもやってみたい事があって 登ってくる途中、悪い事とは知りながら 茶畑の若葉を4、5枚摘んで ポケットに入れていたのである。 手の平の中で丹念にお茶の葉を揉み ちょっとだけ香りを嗅いでから ベンチの上に置いたコップの中に入れてみる。 ザックから携帯用のポットを取り出し コップの中にお湯を注いだ。 コップの中のお湯がほんの僅かだが緑色に染まった。 茶畑の山で取りたての新茶を飲む。 もちろん生のままの葉を煎じて美味かろうはずはない。 でもどうしてもこれをやってみたかったのだ。 湯が冷めるのを待ち コップに口をつけて一口だけ口に含んでみた。 「ウェ〜〜〜ッまずい・・・」 青臭いただの葉っぱの味である。 遠く静岡の山の上で ひとり馬鹿な事をやっている自分が妙に可笑しくなり コップの中に浮かぶ緑の葉っぱを眺めながら 僕はケタケタと笑った。 |

30分程ベンチで寛ぎ 最後にもう一度富士山をゆっくり眺めてから ザックを背負いなおして 僕はテッペンを後にした。 「石脇」への分岐を左に折れ 急な斜面を急ぎ足で下る。 しばらく行くと 道は登ってきた時と同じように 茶畑の中を歩くようになり 2つ目の農道を左に折れて アスファルトの道をクネクネと下るうちに 1時間ほどで石脇の集落に辿り着いた。 「左へ花沢」と刻まれた石の道標が道の角に立っている。 地図によれば「花沢の里」の駐車場まで約20分 さらにそこから10分歩けば古い家並みに着くようだ。 道標の横に腰を下ろし 僕は煙草に火をつけながら 今下りてきた山を振り返った。 正午近くなり日差しはますます強くなっていた。 陽の光を浴びて山の斜面の緑がキラキラと光っている。 僕は煙草を1本吸い終わるまで目を細めながらそれを眺め 立ち上がると花沢の里を目指して アスファルトの道を再び歩き始めた。 顔の火照りが 今日1日だけでずいぶんと日焼けしたことを物語っていた。 白い手拭いを頭に被り 乳母車にいっぱいの夏蜜柑を積んだ おばあさんが向こうからやってきて 「暑いねえ」と声を掛けてきた。 笑顔で挨拶を返し すれ違ってしばらくしてから振り帰ると お婆さんは道端に立ち止まり腰に手を当てて背伸びをしていた。 それにつられて僕も両手を上げて大きく背伸びをし ついでにひとつ大きなアクビをしてから再び歩き始めた。 額の汗が心地よい。 今宵の酒も美味しいそうである。 ![]() |